「湿気り醬油煎餅」
サクサク感ではなく、少々噛み応えのある湿気た醬油煎餅、うまい。
しかしそれを手に入れるのは至難の業だった。母が開封したまま暫く忘れ去られたときだけしか
その幻の食感を得ることができなかった。
もっとほしかった。もっと食べたかった。
少年さわはそれを人工的に作ろうと、マグカップにこっそりと煎餅を入れ、茶箪笥の奥のほうに隠しておいた。
「なにこれ、お煎餅があるよ」と妹が発見。
すっかり忘れていたのだ。すでに1ヶ月以上が経過していた。
突如として支給されたボーナスのようだった。
その煎餅をがぶっと噛み付いた。
あまりに湿気すぎていて、逆にまずかった。そして煎餅をみると、空気の入った膨らんだ部分の
割れたところに3匹くらいウジ虫が蠢いていた。
ショックだった。
しかし少年さわはあきらめなかった。
開封したばかりのサクサク醬油煎餅を蛇口から出る水でビショビショに濡らした。
食べた。 まずかった。
それを今度はガスコンロで焼いてみた。 やはり、自然に湿気た醬油煎餅とはほど遠かった。
しかし焼けた匂いは香ばしかった。
そこで、水に濡らさず、そのままコンロで焼いてみた。
香ばしい匂いがする。
食べてみる。
うまい! しかも湿気りがなぜかあるそう、表面の醬油が熱せられることにより溶け始め、その瞬間、煎餅自体に浸み込む。
その微妙な浸み込みがあの幻の湿気り、そして食感をかもしだしたのだ。
これであの食感が、煎餅さえあればいつでもすきなときに手に入れられるようになった。しかも香ばしさつきでだった。私はいつも煎餅をおさえ箸ではさみ、焼いてから食べるようにした。
ある日それを見た父がいった。「馬鹿だなあ、煎餅はもう焼かれてるんだから、お前がまた焼かなくてもいいんだよ!」
私は「ちょっと湿気った感じだから、こっちのほうがいいんだ」
父「馬鹿だなあ、煎餅は湿気てないほうが美味しいんだよ」
それでも私は、湿気った煎餅、そして香ばしさという副産物をも生み出したこの発明に満足していた。
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