私は日本人である。よって、周りに合わせる、相手に合わせる傾向にある。いわゆる遠慮というのがある。
ワガリコン族にも相手を立てるという行動原理はある。
例えばワガリコンのチン君はシーフードが食べたいと仮定しよう。
チン君は私に「何が食べたい?」と意見をうかがう。
私はチン君の気も知らずに「焼肉がいい」と答えたとしよう。

するとチン君は考え込んだような行動をとり、「シーフードなんかどうですか」といって、肉より海鮮のほうがいいということを説明してくる。
これを私は
>ならば最初からシーフード食べたいと言えばいいのに
>聞かれたから答えたのに、なんでまた交渉してくるんだろう、気悪くするな。
などと受け止めてしまう。
「じゃあ、シーフードにしよう」
とすぐに折れてはあげる。
もし、最初から私が「シーフードがいい」と答えたら
チン君は「じゃあ、そうしましょう」とまるで私に合わせたような態度をとる。
尚且つ、あなたに合わせてあげたようなそぶりさえされることもある。
どちらにしても、シーフードと決まっていた訳なのだ。
これならば次回からは、チン君が決めろ、或いは絶対に肉料理がいい。と主張しなければならない。
これは簡単な例であって、全部が全部ではないが、良くこの手法を使ってくるように思えてならない。
まあ、私から言わせると駆け引きめいたずるいやり方だ、後出しじゃんけんだ。
質問形式の会話には常に裏の意味があるといっていい。
しかし、民族や地域がことなると、この裏の意味が変わってくるのだ。
だから、価値観とか生活習慣を同じうする人たちとの会話のほうが読み取りやすくて楽なのである。
ラングエッジは通じても、間合いとか波長が異なるので、コミュニケーションが取りにくいのだ。意味は通じても、意図が通じないと言うことである。